見られたくないアニメ



 長らく掃除していない、埃が舞う部屋。そこには一台のモニターがある。前に一人の青年。
 モニターから声が聞こえる。
「さんすうなんて簡単だ。これから中学校へ行って、もっとむずかしいのを勉強するんだ」
 モニターには実写でない、線で描かれた小学生が映っている。線は繊細で、現実味を帯びているものだった。
「こんなこともあったよな。懐かしい」
 そうぼやく青年の声はさきほどモニターから聞こえた声と似ていた。若干低くなっているが、それでも同じだとわかる人にはわかる。
 姿もまた同じで、アニメで描かれている少年は、薄暗いモニターに照らされた青年と同一人物だとわかる特徴づけがされていた。
 青年の顔は、薄暗い部屋で、朝までモニターの灯りにだけ照らされていた。


 モニターの灯りから日の光を浴びることに切り替えた青年は、高等学校へ登校する。
 いつも通りの通学路。毎日見るであろう顔たち。その中を歩き、目的地に着く。
 いつも通り、下駄箱に靴を置き、上履きを取ろうとした青年の手は止まる。
 きょろきょろあたりを見回し、息をついてから上履きの上にあったものをポケットにいれる。
 走ってトイレの個室へ駆け込みそれを確認すると、それは便箋だった。
 ハートのシールで封がしてある、可愛らしい、まず青年や青年の友人たちは使わないようなものだった。
 青年は個室から漏れない大きさでその手紙を音読する。
「先輩。いつもお世話になっています。今日、先輩に話したいことがあるんです。もし聞いてくれるのなら、放課後、校舎裏に来てください。待っています」
 青年はそれを確認し終わると、個室を出て教室へ向かう。手紙を読み終わってから教室へ向かう際、いくらかの時間と表情の変化があった。


 青年にとって、手紙の出し主にとって、約束の時間。放課後。場所は校舎裏。
 人の代わりに木々や草だけは豊富にあるそこに、一組の男女が向かい合っている。
 落ち葉が二人を攻撃する。
「先輩」
 そう切り出した少女は、青年よりも年下らしかった。肩下ほどの髪を二つに結っている。初々しさの残る、成長過程の少女という風貌だった。
「好きです。ずっとずっと好きでした。付き合って……もらえませんか?」
「ごめん、それは無理なんだ」
「どうして」
「今までも、これからもずっと、僕には好きな人がいるから」
その答えは、用意されたがごとく、素早いものだった。


 青年は少女からの告白という行事を済まし、何事もなかったように自宅、自室へ向かった。
 薄暗く埃が舞う部屋。モニターのスイッチをいれ、一つのディスクをいれる。
 それには、象形文字のような、現代日本ではまず目にしないタイプの文字が記されていた。
 ディスクに入っている、オープニングがないアニメがモニターに流れ始めた。
 灯りに照らされている青年と同一人物だとわかる少年が映っている。若干幼さを残した線。学校らしきところを制服で歩いている。
 少年が特別会話しているようではないときも、モニターからは少年の声が聞こえる。
 モノローグのようだった。
 やがて、少年の視界には、一人のクラスメイトが入った。
 それと同時に声が聞こえる
「か、かわいい。なんとかしても近付きたい。きっと、ずっと。僕はこの人のことが好きなんだろうな」
「たしかに、可愛いよな。俺も、今も、好きだ。ずっと、僕は彼女のことを想う。それが、僕だから。それがなくなったら、僕じゃなくなるかもしれない」
 少年と青年。同一人物の二人は同じ想いを時を越えて共有しているように見えた。


 青年は、この日も無事に学業を終え、帰路についていた。
 一人で歩く青年に、足音が迫る。
 そこには、昨日青年に想いを伝えた少女がいた。
「先輩。どうしても、だめなんですか? 先輩、優しくしてくれたじゃないですか。所詮。私はただの後輩ってことだったんですね。先輩、彼女いるんですか?」
「いないけど」
「ならどうして。私、昨日のことが信じられなくて。もう一度聞こうって思ったんです。私、先輩のためならなんでもできそうな気がするのに」
「君にはもっといい人がいるよ。僕は、僕の想いに一途に生きたいんだ。それが叶わぬ恋であっても、僕も、その娘がいるから、その娘を想うから、生きていけているんだよ」
 青年は歩き出し、少女はしばらく動かなかった。


 青年は自室で、ここ何日の日課になっているアニメ鑑賞を始めた。
 タイトルのないアニメ。確実に青年を魅了しているようだった。
 アニメの主人公である少年は、放課後教室で勉強している。どうやら受験を前にしているらしい。周りにも同様の人がちらほら見える。
 その中の一人、少女が少年に近付く。
「ねえねぇ。ここ、どうするのかな? 教えてくれない?」
「あぁ、教えてやるよ。ここはな」
回答と同時にモノローグも聞こえてくる。
「ちょっと、可愛いな。これをきっかけに仲良く……」
 続くシーンが流れることはなかった。
 青年はモニターの電源を切っていた。
 一人で首を振っている。
 まもなく、青年は家を飛び出した。


 青年は近くの河原へ向かったようだ。
 土手を降り、手頃な石を河原へ下手投げる。その石は水の上を数回走り、沈む。
 夕陽を浴びる青年の周りに、ヒットソングが流れた。青年は携帯電話を手に取る。
 青年の友人からのメールだった。
「振られたよ……先輩に。仮定の話でだけど」
 青年はすぐに返事を出す。
「お前彼女いただろう」
「今までそんなことない、って思ってたのに。最近さ、みんなに魅力を感じちゃってね」
「あぁ、俺も今主人公が浮ついているアニメ見てるな」
「どこで何を?」
「それは言えない」
「そっか」
 このやりとりに三十分もかからなかった。
 青年は携帯電話をしまうと、また石を投げ始めた。


 翌日の授業間の休み。青年のもとに友人からメールが来た。
「見ていることを言えないようなアニメってどんなのだ?」
「それを言ったら俺の何かが崩壊する気がするからやめとく」
「なんだそれ」
「もしお前が、お前の考えていたこと、信じていたことが嘘だとわかったら、どうする?」
「新しい事実を知れることを喜ぶかな。きっと」
 青年はケータイを見つめ、閉じると鞄も持たずに教室を抜け出した。


 青年は自室で、昨日見るのを途中で止めたアニメディスクをいれる。
 早送りをしていく。
 モニターには、記憶に新しい構図が見えてきた。
「先輩。どうしても、だめなんですか? 先輩、優しくしてくれたじゃないですか。所詮。私はただの後輩ってことだったんですね。先輩、彼女いるんですか?」
「いないけど」
「ならどうして。私、昨日のことが信じられなくて。もう一度聞こうって思ったんです。私、先輩のためならなんでもできそうな気がするのに」
「君にはもっといい人がいるよ。僕は、僕の想いに一途に生きたいんだ。それが叶わぬ恋であっても、僕も、その娘がいるから、その娘を想うから、生きていけているんだよ」
 台詞と同時に、主人公のモノローグが聞こえてきた。


 青年は歩き出し、少女はしばらく動かなかった。





あとがき
こんにちは文月水無です
これまた前のサイトにあったやつです。いい加減書き下ろしたいです

私が過去書いたものの中では、唯一主語が三人称です。
だからまぁ、慣れていない感じはありますよね。
どっちでもいけるようにしていきたいです。

読んでいただいた時の感想で多いのは「わからない」でした。
今になって自分で読み返してみたら、たしかにわからないところもあるかもしれないと思いました。

実は実話を元に妄想した話だったりします
ネタにして、かつ読んだ上でUPすることを許してくれた知人に感謝です。

拙い文章。面白くないストーリー。無駄に長め。
これら三重苦に時間をとらせてしまったことを申し訳なく思います。
いつか楽しい時間を与えられることを夢見つつ。
(2006-09-27)(2007-08-12) 文月水無

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