灰色の駅



 「お前達はここまでだ。のこのことよく来てくれた。出向く手間が省けたというものよ」
 くそっ……。どうにかしてこの状況を覆さなければ。それはわかる。だけど、実際には舌打ちすら出来ないほどに追い詰められてしまった。比喩ではない。体の動きを完全に封じられてしまったらしい。視線を動かすこともできず、仲間の無事すら確認できない。
「これで世界は我のもの。魔王たる我のな。貴様の国の姫だってこの通りよ」
 悲鳴が聞こえる。身体的な衝撃を受けた反射の声。どこから聞こえたかの方向もわかる。だけど、さっきからずっと、眼に入る情報は変わらない。変えられない。入った時に考えた以上に深い空間があるだけだ。ちきしょう。
「勇者リルレインご一行も所詮この程度。これで我に対抗する輩もいなくなる」
 そう。俺たちがみんなの希望、だったんだ。 「貴様らには、とっておきの魔法を使ってやろう。我も人に使うのは初めてだ。この世界から消えるのだよ」
 なのに、俺というヤツは、ここで死んじまうのか。せめて口が動けば、自分の命と引き換えにでも、この城を壊すというのに。
「さらばだ」


 うっ。
 うるさい。思わず耳を塞いでしまった。
動きが封じられてからは魔王の声と姫の悲鳴くらいしか聞こえなかった。それに比べて今ここには多くの音がある。話し声、歌声、聴きなれない音。種類の違う音がそれぞれの自己主張をし、それぞれがうるさい印象を与える。混ざっているようで、混ざっていない。
 ここはどこだ。
 見回してみても、仲間の姿はない。魔王の姿も、姫の姿もない。見慣れない服装の人々がそれぞれ死んだように動いているだけだ。
遠くへ飛ばされたらしい。魔王の言葉によれば世界から消えたということだが。頬をつねってみても痛覚はある。俺はたしかにここにいる。ここは死後の世界か何かなのか?
眼に入る景色は灰色だ。夜なのだろう。空は青くなく、かと言って黒くもない。月はぼやけながらも見えるが星はない。滲んだ本のようだ。自分の知っている空ではないように思われた。今まで見てきた月とは違うのだろうか。ヤツの言葉通り俺は世界から消されて、何かの幻を見ていたりするのではないか。
空だけではない。建物も灰色だ。建物によって空は狭くなっているのだが、境目がわからないくらいに、灰色だった。火や日の類には見えない光が照らしているのにだ。それらは二階建てや三階建てという単位では表せないくらい大きく、高い。俺たちが旅してきたどこの国とも違う色だった。少なくとも、繁華街の色ではない。廃墟の色。周りには見慣れないながらも奇麗な服を着た人々が所狭しと、手元の何かを見たり触ったり頬にあてたりしながら死んだように歩いている。
よく見ると建物全てが灰色なわけではないことがわかる。茶色だったり、黄色だったり、雑多な模様が一緒になっている。だが、埃臭く湿った汚れた空気がそう感じさせるのだ。
灰は燃えたあとの色。目の前に、人々を無限に吐き出し、吸い取っていく広い建物がある。他の建物にも人の出入りはあるようだが、ここの比ではない。やはり灰色に見えるそれには魔法でもかけられているのだろう。人の出入りは際限ない。きっとあの中には何かがあるのだ。建物にせわしなく出入りする人々は、それぞれ死ぬため、生き返るために動いているのかもしれない。魔王の言葉通りだとしたら、俺は「世界から消された」ということなのだから。これからこの中に入って裁きを受けろとでもいうのだろうか。ざけんな。
至るところに見える文字らしきものも、読めない。見たことすらない。強いて言えば、東の国の文字に形が似ているかもしれない。
人が出入りする不気味な建物。本当に魔法がかかっているかはわからない。それでも、ここが鍵なのは間違いないと思う。ずっとこんなところにいるわけにはいかない。俺は世界の希望なんだ。俺と魔王が生きている限り、使命は消えない。みんなも上手くやるだろう。今までも困難を乗り越えてきたんだ。大丈夫。
 俺は人の波に乗って、建物へ入って行った。少し視線を感じる気もするのだが、どうなのだろう。俺はここでは異端者なのだろうか。
その建物の中は想像したより狭く、息苦しい。人の密度もさきほどより高い。出る人も入っていく人も、左手に見える直方体の箱に何かをかざしてから通過しているようだ。
手前の壁では弦楽器を演奏している人もいる。言葉は理解できないが、人前で独り歌うこいつは吟遊詩人か何かなのだろうか。それならここについて何か知っているだろう。
「意味を理解できないが、面白い曲だな」  手を叩きながらそう口にしてみた。世辞だ。
彼はこちらに視線を一度配り、小さく頭を下げた。話せるかもしれない。
なぁ、ここはどこなんだ。ここの国は支配を免れているのか。今世界はどうなっている。
「KOSUPUREOTAKUWA ATTIITTERO OREHA HENNTAI ATUKAI SARETAKUNAI WAKATTARA SASSATOIKE」
 返事をしてくれた。だが、俺は意味を全く汲み取れなかった。音は聞き取れるのに、言葉になっていない。案外、相手も同じことを思って、口にしているのかもしれない。
今まで言葉を口にして意味を汲み取られなかったことも、汲み取れなかったこともなかった。それだけ、ここは特別、別世界、か。
俺がなんと返答しようか迷っている間に、彼は再び歌いだしていた。美しい曲、綺麗な声とは言い難い。俺、俺、俺、俺、聞け、聞け、聞け。言葉の意味はわからない。なのに、言っていることはそれだけだとわかる。かつて聞いたことのない、自己主張しか感じない、苛立つ、嫌な音楽だった。
俺は弦奏者から距離をとった。いつまでも耳障りな音楽を聞いていたくはない。
周りを歩く人々は、女性は娼婦崩れのような印象を強く残し、男性は、清潔な服なのに乞食のような印象を残す。大概がどちらかだ。
 それぞれが例外なく、さっきも眼についた、手のひらに乗るくらいの物体をいじっている。
 何か魔法でもかけられている物なのか。ある者は頬にあて口を動かし、ある者はじっと見つめ、ある者は叩く。武器かもしれないし、そう考えるとなかなかに不気味な光景だ。
 あるいは神具かなにかなのだろうか。いつもこの媒体を持ち歩き交信するのがこの世界の常識なのかもしれない。この説だと、たいした儀式もなしに神と交信する彼らは、ひどく滑稽で、また軽率な人間にも思える。
 最初死んだようだと思ったここの人々は、たしかに動いている。覇気がないのだが。生か死かで言えば、グレーという印象だ。無限に人を吸い、吐くこの街のように。
 灰色の街。灰色の空。汚い。死にかけの街。
どのようにここから脱出しよう。とりあえずここは置いておいて、もっと広い範囲を散策するべきだ。違うものが見られるかも。
 そんな期待を持った
その瞬間、肌に虫が走った気がした。
 今まで自分が観察していた人々が、今度は自分を見ている。みんなが、さっきの板をこちらに向けて立っている。囲まれた。あの物体は、やはり何かの兵器だったのか……。みながみな兵器を持つ国とは……寒気が走る。
 自分にかけられたらしい言葉に振り向いた。
光。それは一瞬だった。しかし確実に自分を捉えた。向いた先にいた青年が持っていた例の物体から発射された光が、自分を貫いた。一度光ったのを合図に、回りの板からも光が発射され、俺を攻撃する。
 カシャッ、カシャカシャ、価捨、KASYA
今のところは何の異常もないが、また体の動きを封じられたりしたらやっかいだ。彼らは笑いながらその板をこちらに向け、光を発射する。攻撃することに何の罪悪も抱いていないというのだろうか。恐ろしい。俺はここでは敵なのか。俺は勇者なんだぞ。こいつらは奴の手先になってしまっているのか……!
    なら、やってやろう。数は多いが、俺は奴を倒すまで死ぬわけにはいかない。
 腰に吊った剣を抜き、身構える。
手始めに近くにいたやつの手にある物体を弾き飛ばす。少しずれ、手も切れた。申し訳ないが、俺の命を狙うようなら、そのくらい仕方ない。全世界の命とは比べられない。
叫び声が聞こえた。回りから。四方八方から。今まで笑っていたのに、急に目覚めたのだろうか。言葉はわからなくても、叫び声というものは全世界共通らしい。
攻撃は止んだ。成果はあっただろう。
目の前に、観察していた男性より格が高そうな男性たちが現れた。彼らは俺を威圧しているようだが、悪者ではなさそうに思われる。
「なぁ、ここがどこだか教えてくれないか」
「ONISAN TYOTTTO KOTTIE 」
 相変わらず何言っているのかわからないこいつらは、近づいてきて右腕を掴んだ。握手でもするのだろうか。ますます気に入った。
腕に絡まったのは、腕でも、手でもなく、金属の輪だった。対になりくっついているもう一つの輪も、左腕にもかけられた。
俺は身動きができなくなっていた。捕まえられた、のか。しかけたのはそっちだろう。
「俺は世界を救う勇者、リルレイン=ルーレルックだぞ! 姫を助けなきゃ……捕まっている場合じゃないんだ! 放せよ!」
もう、あれを使うしかないか。ここが敵の領地なら、ただで死ぬわけにはいかない。
 幸い、今は口が動く。






あとがき
読んでいただけたようで、感謝です。
これは、オレンジみかんになってから初めて書き下ろしたものです。
他のものは全て前のサイトからの転載なので。
これからはばんばん書き下ろしたいですね。

テーマというか目指したものは「子供が書いたら大人が喜びそうな社会風刺」です。
なので、書いていることをそのまま私が思っているわけではないですよ。
あくまで上記を目指した結果なのです。不快にさせたら申し訳ないです。
某大学主催の高校生創作なんちゃらに応募しようかと思って書いたものだからなのです。
ですので、ストーリーとしての最初と最後は正直主題ではないのです。中盤を語りたいがための後付けと言ってもいいかもしれません。
いつもに比べて改行が少なめなのもそのせいです。
400×10をめいいっぱい使おう、と。


拙い文章。面白くないストーリー。長いあとがき
これら三重苦に時間をとらせてしまったことを申し訳なく思います。
いつか楽しい時間を与えられることを夢見つつ。
(2007-09-14)文月水無

トップへ
掲示板へ