変態さんたくろーす



「僕さ、ひなちゃんのこと好きなんだよ」
 金網にもたれるひなちゃんの眼を見て伝えた。足が震えているのがわかる。
「これからさ、もっと、色々なところへ二人で行って、遊びたいなって」
 僕が来るまではいたであろう邪魔者たちはもういない。が、ただでさえ暗い中、眼にかかる前髪が視界からひなちゃんを奪う。前髪が違う生き物かのように嫌いになった。制服のネクタイがいつも以上に首をしめつける。
「ごめんね。わたし好きな人がいるの。でも、たまにあそんでね」
 僕のズボンの模様をひなちゃんは見ているようだ。俯いている表情もまた魅力的だ。次第に何か黒い物が僕を占領し始めた。冷たい空気が僕を襲う。
「悟ちゃん、もうくらいよ。おくってよ」
 公園の出口へツインテールを揺らしながら走り、振り返りざまに注文する。今度は抱きしめたくなるくらいに可愛い笑顔で。さっき告げられた内容に対する絶望感は薄らいでいた。むしろ、違う気持ちを増幅させる。
 暗い道。女の子と二人、歩いていた。ふられはしたけど一緒に。人気はなくある意味では危険な道。首を少し傾ければ、たしかにそこには顔があり、体がある。世の犯罪者・変質者の気持ちがわからないでもなかった。
「もうすぐクリスマスだね。今年は何か来るかな。わたしのところにはね、いちどもきたことがないの。みんなにはくるのにね。不公平だよ。ひどいよ」
 大きく丸い眼をこちらに向け真剣にひなちゃんはぼやく。何かしてやれたらとまでは思う。けど僕は所詮「藤田悟」。「サンタ」にはなれない。ゆえに
「信じてれば、くるかもね」
 適当なことを口にする。無責任だけど。平凡な高校生なんて無力だ。
「そっか。悟ちゃんはうそつかないもんね。きっと、来るね。わたし信じるよ。翔君はカッコイイけど、うそつくから。悟ちゃんは、その点好きだな」


 その点好きだな。好きだな。好きだな。好きだ。好き。すきすきすき――。
 昨日聞いたその言葉だけがリフレインする。永遠に続くのではと思われる。
 クリスマスを三日後に控えた金曜日。悲惨だった通知表のことなんかより、ずっと存在感が大きい言葉。校長の話なんかあったかすら覚えてない。
 左手に異様な存在感を感じつつ、人気のない川沿いの道路を歩いている。一リットル紙パックに入っているジュースを飲もうとストローを吸う。
 からからという寂しい音が聞こえ、口に入るのはほとんど空気。
 その音は、嫌に耳にこびりついた。気付くと紙パックを落していた。
「唯一認められたところが、三日後にはなくなる。かっ」
 左足を踏み込み右足を振り上げ、紙パックを蹴った――つもりだった。
 何か聞こえた。足元には紙パックと靴下。地に着く足が伝えるのは冷たさ。
 音のした方向を見れば、公園の金網がある。視線を下ろせば革靴。
 よく飛んだな。つい浮いたことを考えてしまう。ため息をつきながら公園の中へ入っていく。昨日の苦い記憶が蘇るのを感じながら。
 靴を拾おうと視線を下ろすと、靴は何かの紙を踏んでいた。

   君もサンタになれる!
   今「秋天(しゅうてん)」では
   サンタクロースを募集してるね。
   気になるあの子に、可哀想なあの子に
   プレゼントを贈りたいと思わない?
   そんなあなたにサンタに必要なモノをプレゼントするね。
   タダよタダ!
   サンタ稼業に必要な知識、経験も積ませちゃうね。
   みんなで一緒に、幸せを届けようね
   サンタ長
   コーポ矢部102 電話番号 〇〇〇〇―〇〇―〇〇〇〇

「君もサンタになろう! か。なんて広告だか」
 紙を見つめ、思わず口に出していた。こんなもの作る奴の気が知れない。
 胡散臭い。住所が書いてあるところからすると中学生あたりの嫌がらせというのが妥当だろうか。こんなの見ても行く奴はいないだろう。
 しかしまぁ、本当にサンタさんになれればいいんだけど。そうすれば、ひなちゃんの喜ぶ顔も見れる。寝顔も、部屋も見れる。純粋な心があれば赤い服は免罪符になりえる。「サンタさん」はすでに「知人」扱いとなっている。そして、「藤田悟は嘘をつかない」というのが嘘ではなくなり、評価は上昇。
 でもまぁこんな怪しい広告に頼るほど僕も愚かではない。と言い切りたい。
 ひなちゃんを手に入れるためならなんでもしたい。けど、結局なんにもできない。それが等身大の「藤田悟」。無力な自分。ダメな自分。フラれた自分。
 革靴を乱暴に履き、地面につま先を何度も打つ。金網に拳を突き立て、ヘディングをかます。広告を丸めてから気が済むまで踏みにじる。笑っていた。


 時々身震いを感じながら家を目指す。が、さっきから危機を感じている。
 どうしようもない、尿意。
 家まではまだ距離がある。公園はない。コンビニもない。知人の家もない。
 他になにかあるか。家。マンション。謎の建物。ある字が視界に強く入る。
「コーポ矢部」
 もらすか見られるのを覚悟で立ってするか。そういう選択肢しか残されてなかった僕に一筋の光が見えた気がした。好奇心と自虐魂が後押しする。
 知らない人の家にトイレ借りたことだってあったんだ。一度くらい――。


「ありがとうございました。では」
 コーポ矢部102号室で用を足した。感謝はするが、一刻も早く出たい。
 何故なら――
「ワカモノ。よくきたネ。サンタ希望者かな?」
 明らかに家主は外国人だったからだ。東アジア系統の。中国か韓国だろう。
 ヒトはヒト。人種差別だ国籍差別だの、そういうことはしないつもりだ。
 でも、やはり大人の外国人というのは怖いのが正直なところだ。
 しかも、さっきは焦っていて忘れていたが、ここは「秋天」とかいう怪しい名前の場所だった。名前からして、宗教だろう。東アジア。宗教。この二つがタッグを組んだ場合の恐ろしさは、想像できないくらいだと想像できた。
 新興宗教と外国ほど怖いものはないと親からしつこく言われている。
 去年の二千年問題やノストラダムスなんかよりもずっとずっと怖い。
 それに思いを馳せた瞬間、十日後の新世紀に対する希望なんて消えていた。
 間を置いた。一礼し、玄関へ向かう。出たもん勝ちだ。待ってろよひなちゃん。ひなちゃんを手に入れるまで、僕は死ねないんだ。薬中にもなれない。
 目の前にはいつやってきたのかさっきの外国人。一瞬見上げて顔を見た。
「ここではサンタになりたいを応援したいネ。ここに来たということは、広告みたネ。遠慮はだめネ。よくないヨ。逃げちゃだめネ。逃がさないネ」
 抜き去ろうと歩き出すと、腕を掴まれた。前に進もうとするが進まない。
 体を反転させる勢いで腕を抜く。今まで習ったことで役立ちそうなのはこれくらいだった。一時期通っていた空手教室。役立った記憶はなかったが、こういうときに役立てば文句ない。教えが正しければ腕は抜けるはずだった。
 が、外国人の握力はそれ以上。掴んで離さない。男でよかったとふと思う。
 振り返ると、外国人は微笑んだ。東大生みたいに整った髪と細い目が、静かな恐怖を感じさせる。ドアが閉まっている廊下で、外以上の寒さを感じた。


「誰かにこっそりプレゼントを渡したいと思ったことあるネ?」
 相変わらず微妙なカタコトで彼は話す。コミュニケーションには問題ない。
「私、安(あん)というね。安暁(あんしゃお)。安い暁と書くネ。ワカモノの名前は?」
「藤田悟ですが」
 絶対個人情報を漏らしてはならない。そうわかっていても、密室で、若い大人の外国人と一対一で、抵抗できるはずがない。力でも負けていることが証明されてしまっている。今更ながら安易に変な広告の店に入ったことを後悔する。こんなだったらまだ知らない人の家のほうがマシだ。尿意恐るべし。
「悟か。いい名前ネ。早速だけど、仲間になってほしいネ」
「サンタのですか」
 なるべく平静を装いながら用意された紅茶を口にする。薄い。水のようだ。
「そう。『秋天』ではこっそり色々な人にプレゼントを届けるネ。幸福集団ネ」
 安さんは応接室特有の低い机の端から書類を一枚取り出すと、僕に渡す。
「これにサインすれば、サンタに必要な知識や道具、一式プレゼントするネ」
「こっそりプレゼントって、堂々と渡せばいいじゃないですか」
 当然の疑問を口にする。
「誰もが堂々と渡せればいいけど、できない人もいるネ。知らない人から堂々と渡されても受け取らない。でも、夜こっそり枕元にあったら……」
 まさか
「サンタからもらった、ってことになる。ですか」
「そうネ。きっとうやむやでどうにかなるネ」
 たしかに同じことを僕も考えた。が、それにしたって随分楽観的だな。大人とは思えない。まぁ盗むわけではないからいいか――って。ちょっと待て。
「こっそり、って。侵入するってことですか」
 安さんはまたも微笑みながら
「そうね、これ使えば簡単ネ」
 二本の金属棒を取り出す。先端が曲がっている。工具のように見えるもの。
「それって、犯罪じゃ……」
「僕らは、現代のサンタ。煙突がないから鍵を開けるだけネ」
 これで、怪しい集団だということは確定だ。刑務所に行ってひなちゃんに会えずに何年も過ごすなんて嫌だ。なんとか切り抜けて帰らなければ。
「ターゲットは、今回は悟の好きにさせるネ。渡したい子、忍び込みたい奴、好きにすればいいネ。上手くいったら、次からは指示に従ってもらうがネ」
 サンタ、か。
 ひなちゃんの家にプレゼントを置いて、バレずに上手く行くとしたら。いことだらけだ。それはいいかもしれない。チャンスにも思えてしまう。
 にこにこ笑う安さんが、暖房を感じさせない寒気を覚えさせる。
 それら二点が主な理由で
「わかりました」
 承諾してしまった。
 こうやって、少年犯罪は増えていくのかもしれない。
 母さん、父さん、ごめん。


「鍵は上下二つのピンのずれによってなりたっているネ」
 安さんの授業。どういう用途が普段あるのか用意されたホワイトボードで説明される。絵にしてみると随分わかりやすい構造だということがわかる。
 あのあと、また来るという約束と、サインを書くことによって開放された。が、どうしようもない恐怖は翌日である今日もここに来させた。もちろん、誰にも相談できていない。警察に行くべきだったのかもしれないが――。
「――だからつまり要はこの棒二本突っ込んでピンを揃えればいいわけネ」
 鍵の構造の勉強は意外に面白い。サンタになるための勉強。煙突の代わりの侵入方法。ひなちゃんのためだと思うとなおさらやる気はでてくる。
「さぁ、これで練習するネ」
 錠を渡された。透明なため構造が見やすい。あと、金属の棒を二つ。
「練習用ね。やり方はわかるはずネ。時は明日よ。ガンバレ」
 なるほどこれを使えば習得は早いかもしれない。早速棒を突っ込む。


 練習をしながら聞けることを聞いてみる。
「『秋天』って、メンバーはどれくらいいるんですか?」
「僕と、悟。二人ネ。立ち上げたばっかネ。広告貼ったのに、来たの悟だけ」
 それは意外だった。てっきり大きい組織なのかと思ったのだが。しかしまぁあんな広告しか打てないんじゃ程度が知れているのも確かだった。案外安全なのかもしれない。今やっていることを思えば違うのは間違いないのだが。
「安さんは明日の夜、どこに行くんですか?」
「僕は色々行くネ。不幸な子に幸せを届けるネ。あそこに白い袋があるネ。あれ全部プレゼントだヨ。それが僕に出来るせめてもの償いだからネ」
 鍵にいれる棒に力を加えつつ「白い袋」のほうを見てみた。そこにはいかにもサンタらしい白い袋がいくつもあった。それぞれ動ける程度中身がある。
 カチ、カチ、カチ、カチャ。
 錠が開く。透明なやつには慣れた。そんなに時間がかからなくなった。
 もう練習用は完璧だ。次は何をすればいいのだろう。安さんに教えてもらおうとしたとき、呟く声が、小さくはあったのにしっかりと耳に入った。
「『蒼天』、許せないネ」


「じゃあ、これがサンタの衣装ネ。これ着れば、誰かはわからないはずネ」
 服の印象が強くなるからたしかに変装としては問題ないだろう。仮に目撃されたとしても体格などより服のことが記憶に残る。目立つのが弱点だが。
 クリスマスイブ。世間のカップルが街に溢れ出す時。輝く街。長い夜。
 今頃ひなちゃんは翔君やらと楽しく過ごしているのだろうか。僕を置いて。
 昨日土曜日返上で練習した甲斐あって、解錠技術――ピッキング――はほぼ身についた。あとは、その時を待つだけだ。待っててね。ひなちゃん。
「武運を祈るネ。悟。また会えたら、仲間ネ」


 茶色い靴。赤いズボン。茶色いベルト。赤い服。赤い帽子。ところどころにある毛。白い髭。白い袋。
 鏡を見て吹いた。こりゃサンタだ。時間によってはバイトにも見える。パッと見で特徴は掴めないはずだ。好都合。これは現代の免罪符でもある。
 この服さえあれば、ひなちゃんの家へ部屋へ入れる。仮に見つかってもひなちゃんにとっては「サンタさん」でしかない。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない。親に言ったとしても夢で済まされてしまうだろう。
 プレゼントは決まっている。これしかない。
 時計を見ると午前二時三十分。もうさすがに寝る時間だろう。  ひなちゃんの家近くの公衆トイレ。そこから、僕は一歩を踏み出した。
 冬の夜風を肌に感じながら。


 ひなちゃんの家は二階建ての一軒家。住宅街にある、周りと大差ない普通の家。目立つ要素は特にない。何度か送っているからわかるが番犬はいない。
 必要以上に周りを見回す。街灯にのみ照らされた闇のなか、しかしないはずの気配を感じてしまう。現実感のない話し声なんかが脳に響く。何度も何度も確認して、それが勘違いだということを言い聞かせる。
 一周し、完全に人気がないことと灯りがないことを確認した。
 制服なんかよりよっぽど防寒性は高い服だが、それでも寒い。
 今まで大人しくしてきた自分にとって、初・犯罪。
 胸の音が全身に伝わる。身震いする。怖くて震えているのだろうか。それとも、ひなちゃんの部屋に入れて喜ばせることができる期待からだろうか。
 いつまでも周りを歩いていたほうが危ない。門を、くぐる。


 鍵の種類は見たところ、ピンタンブラーという種類の鍵らしかった。鍵の種類によっては無理だったり難易度が高いかもという安さんの授業を思い出すが、第一関門は突破したようだ。これなら練習どおりできそうだ。
 鍵穴を覗き込み、二つの棒――ピックとテンションを突っ込む。
 人目を気にし、闇の中、禁断の扉を開けるために、入れてはいけない穴に、棒を突っ込む。そして、上下前後へ動かす。常に一定の力をいれつつ。
 入れてみると、音がする。実際はそれほどではないかもしれないこの音が、胸の鼓動と呼応して映画を見ているかのような気分にさせる。サスペンスだ。
 ピンの数は五個のようだった。
 テンションを指で軽くそえて、一個一個上げていく。
 正面から吹き付ける風が、体を震わし、手先を狂わせる。
 足が震え、倒れそうになる。
 吐く息の白さが、嫌に鮮明に映る。
 かちゃかちゃという音がライブにでも行ったかのような大音量に聞こえる。
 吐き気さえ、してくる。
 頭も重い。
 左右上下に揺れている気がする。
 指の震えは強さを増し、音も大きくなる。
 ヒトの気配も感じてしまう。
 これはやばい……そう思ったとき、カチャリという小気味いい音がした。
 テンションをゆっくり回していく。
 それは半周した。
 テンションとピックを抜き、ドアノブを回す。
 暗い家。時間的な心配があったが、両親も寝ているようだった。
 気配が勘違いだったことに安心しつつ、靴を脱いで白い袋へ慎重に入れる。
 一度ひなちゃんの家へ遊びに行って部屋へ入れてもらったことがある。
 部屋は二階。ひなちゃんの部屋の他にはトイレしかない。
 玄関すぐの分かれ道は、迷いなく右の階段を選んだ。そーっと、そーっと、昇っていく。それでも微かな音がし、その度僕の心拍は速度を増す。足の震えが十六分音符並みのスピードで小刻みに床を叩き、音がする。
 手も震え、手すりが嫌な揺れ方をする。
 頭も相変わらず揺れ、両側の壁にぶつかりそうになる。
 でも、目標地点までもうすぐだ。
 憧れのひなちゃん。
 彼女の寝顔を見られる。
 階段の最後の一段を小さく息を吐き出しながら踏みしめる。
 木に可愛らしい丸文字で書かれた「ひなの部屋」という看板を見つめる。
 ここにひなちゃんがいる。大丈夫。僕は今サンタだ。今までこなかったサンタが今年は来た。それは僕。そのことを知らずにひなちゃんは嬉しそうに僕に話してくれるんだ。理性をふっ飛ばしそうな笑顔で「今年はね、サンタさんが来たんだよ」って。僕は涼しい顔で、よかったねっていう。それに対して、ひなちゃんはまた屈託の無い笑顔で「悟ちゃんは嘘つかない――」
 そして最後に、きっと、この言葉を耳元で囁くんだ。「すき」って。
 妄想は止まらない。寝ている彼女がこのドア越しにいると考えるだけで、テンションは上がり、息は荒くなる。文字にするなら「はぁはぁ」となる。
 この服があるから、僕はなんでもできる。そう、魔法の衣装。免罪符。
 サンタ。サンタクロース。幸せを届ける者。
 小さく息を吸い、吐く。
 ドアノブに手をかけ、開ける。
 サンタが来るという期待があるのか常なのか、鍵はかかっていなかった。
 全体的に明るい色が眼につく部屋。月明かりによってよく見える。周りが明るければ印象はまた違うだろうが、これも悪くない。
 カチャリ。あるものを九十度回す。
 ベッドに横たわるひなちゃんを見つめる。次第に顔は近付いていく。
 油断しきった寝息。
 ほどかれた髪の毛。
 綺麗な肌。
 瑞々しい唇。
 普段着とは違う薄い寝衣。
 折れてしまいそうに頼りない体。
 心拍数はきっと高橋名人でも追いつけないくらいの速度になっている。
 あらゆる衝動が僕を襲う。近付きたい触れたい壊したい。
 人気はまだない。まだいける。みんな寝てる。
 僕の家のリビングより広いこの部屋。ブツはいくらでもある。
 金品目的でもなければ、何かを盗むわけでもない。
 それでも、漁るものはいくらでもあるだろう。ひなちゃんの私物。
 好きな子の私物を漁るというのは野郎なら誰でも一度は考えたことがあるはずだ。また息が荒くなるのを自覚する。
 彼女は、まだ寝ている。
 物音を立てないように、勉強机を物色する。
 表紙に「秘」と大きく書かれたノート。
 見てみると、日記のようだった。

   十月十日
   今日もさとるちゃんは来てくれた。
   みんなが帰った五時ごろに。
   さとるちゃんはいろいろな話をしてくれる。
   わたしが知らない世界を知っている。
   お母さんもさとるちゃんといっしょなら
   おそくまで遊ばせてくれる。
   さとるちゃんと話すのは楽しい。
   話してた一時間はあっというまだった。
   すぐに時間はやってきた。
   時間がちょっときらいになった。
   早く大人になりたいけど
   さとるちゃんと話す時間は終わらせたくない。

   十一月十一日
   くらくなるのが早くなってきた。
   四時半くらいにはみんな帰っちゃう。
   でも、それからも、
   わたしはブランコに一人で三十分くらい乗る。
   そうすれば、五時ごろにさとるちゃんはくる。
  「一人で遊んでたの?」
   って走りながら言ってくる。
   私は
   「ううん。みんな今帰ったとこ。
   少しだけブランコで遊びたかったの」
   って言う。それから、
   また面白い話をしてくれて、時間はすぎていく。
   そう言えば、さとるちゃんとは
   どうやって出会ったんだっけ。
   たしか、ひろゆき君のお兄さんの友達、
   っていうので会ったんだった。
   でも、ひろゆき君は引っ越しちゃった。
   それからも、さとるちゃんは遊んでくれた。
   わたしは――

   十二月二十一日
   公園で話すのもいつもになってきた。
   やっぱりたのしいのはかわらない。
   ずっとこういうのが続けばいいって思う。
   そろそろ帰る時間かな、って時、
   さとるちゃんに好きって言われた。
   いろいろなところに行って遊びたいって。
   でも、ことわっちゃった。
   さとるちゃんのこと考えるとむねがくるしくなるのに。
   翔君なんかどうでもいいのに。
   なんでだろう。
   しょうじきになれないな。
   いつか、ちゃんとつたえたい。
   さとるちゃんはうそをつかない。
   サンタさんも今年はくるだろう。
   わたしはうそをついちゃったから。
   だから、それはいやだから、ちゃんと言おう。
  「さとるちゃんのことが好きです」
   って

 ノートを閉じると速読者がページを捲る速度くらいの心拍数になっていた。
 再びベッドの傍へ行く。
 可愛い子は何していてもどんな状態でも可愛いことを思い知らされる。
 白い袋を床に慎重に置く。
 前髪を掻き揚げる。
 深呼吸する。
 両親はまだ寝ているようだ。気配はない。
 さぁ、プレゼントを届けよう。
 僕からの、とっておき。
 机にかかる赤いランドセルと、ノートに書かれた「3―2 小林ひな」の文字を尻目にしつつ。
 僕からのプレゼント。
 それは――





あとがき
これまた前のサイトのものです。
実は紙に載ってローカルに配られる可能性もあったモノの一つです。
色々あって幻になってしまいました。
縛りは「冬」「恋愛」だったようですね。

「安い光」に続いて、私の嗜好を疑われたモノの一つでもあります。
恋愛を描くな、とまで言われたそうですが
それって物書きとしては結構致命的な欠点ではないの、かなぁ。
めげずに書いていきたいとは思います。

そういえばこの話にはそれなりに設定があったようです。
今覚えているかと聞かれると微妙なのですけど。
長編にしてみるのもいいかもしれませんね。いつかUPできるかもしれません。

拙い文章。面白くないストーリー。無駄に長め。
これら三重苦に時間をとらせてしまったことを申し訳なく思います。
いつか楽しい時間を与えられることを夢見つつ。
(2006-11-10)(2007-08-12) 文月水無

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